埼玉県立精神保健福祉センター精神科救急情報センター担当 主査:鴻巣 泰治
2006-11-15 09:31:56 |
久しぶりに書き込ませていただきます。
今回は新潟県中越大震災について記載します。地震発生の4日後から川口町への支援を行わせていただきました。ちょっと気がついたことを書かせていただきます。
私の住む地域でも、避難場所の指定がなされており、すぐ近くの高校が我が家の避難場所となっています。家族全員がこのことは周知していますが、川口町の現場に立ち会わせていただいてから、どうなるのかな?と不安に思うことがあります。我が家の家族は避難所で生活できるのか。避難場所が避難所の機能を果たせるのか?ということです。
川口町では5697人の全町民に避難勧告がなされ、家屋の倒壊や、かろうじて残った家屋も倒壊の危険性から、自宅での生活ができなくなりました。自治会組織がしっかりしていて、お互い顔の見える関係から、体育館でも地域ごとにまとまって場所を振り分けたり、教室を避難所として利用時には教室毎に地域の方が生活をしていました。
しかし、非難指定場所に行ってはみたものの、既に人が大勢で入れず、魚野川の河川敷や国道にて車上生活を余儀なくされた方がたくさんおりました。
また、家から遠くでは不便なため、自ら自宅横での車上生活、車庫での生活を選択されたり、テント生活を選択された方もいらっしゃいました。
指定の避難場所では自治会長さん方の努力で、様々な情報が届けられ(情報過多・物資が過剰)、食料や毛布といった災害物資が行き届いておりました。しかし、河川敷や国道横は非難者が自発的に集まってきており、ともすると隣の車の方はどこのどなたかもわからない方だったりしていました。大きな避難所とは、ほんの200mぐらい離れただけなのに、土手という壁とその場所の窓口となる方がはっきりせず、食料や毛布と言った救援物資が行き届かない現実がありました。医療チームとしてラウンドした我々に苦情が寄せられたりしました。
避難場所というのは、住民全員が避難生活を送らねばならないということは想定外なのでしょうね。これは当たり前だとは思いますが、川口町では避難所に全員は入れなかった現実がありました。自発的な避難所が各地に出来て、食料や支援物資を届けるために、把握についても苦労があったようです。
更に、大勢の中では暮らせない方もいらっしゃいます。身体的・精神的な病気や、障がいを持った方々、ペットを飼っている方々にとっては、更に過酷なことになったよう
でした。特に障がい者を抱えた家族は、皆に迷惑がかかるからと、食事は避難所に行って調達し、夜は傾いた家で暮らしていた人もいらっしゃいました。
最初の段階で、自分たちはどこに避難するのかという事、次に避難スペースの問題、更に情報伝達の問題が発生することが考えさせられました。
まだまだ書きたいことはあります。 また書き込みさせていただきます。
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